2015年7月9日木曜日

胃腸から考える移民社会、ニューヨークを歩きながら

ニューヨークには世界中から異なる人々が集まり、世界中とつながりながら生きている。他に類を見ない多様性と流動性は、この都市をアメリカの一部というより、それ自体が独立した世界として発展させているように感じる。

そんな雰囲気を楽しもうと意気込んで臨んだ四度目のニューヨーク訪問は、ひどい喉風邪に苦しめられてスタートした。喉の奥が切れたように痛み、熱が出て、6日間滞在の最初の3日間はほとんど機能不全。だけど食べないことには体調も回復しない。そんなとき東アジア料理があって助かった。

初日の夜はホテル近くのコリアタウンへ。ロサンゼルスの巨大なコリアタウンに比べると規模は小さいけどハングルの看板がちらほら。韓国料理店に入って参鶏湯を食べた。17ドルとやたら高かったけど、風邪をひいいた身体にはありがたい。食後は近くの韓国スーパーでショウガ湯の粉を買って帰った。

ニューヨークのコリアタウンにある韓国系スーパー

翌日もふらふら。妻に見つけてもらった中国料理店でワンタン麺を食べた。体調が悪くても喉を通り、胃袋に落ち着く。若干ながら体調が回復してきたその翌日はチャイナタウンに足を運び、広東風カニ炒めを食べて気合を入れた。病気になって東アジアの料理に助けを求めるという経験を通して、自分が東アジア出身であることを強く自覚する。

料理番組ホストのアンソニー・ボーディンも足を運ぶ中国料理店「Hop Kee」で食べた広東風カニ炒め。この量で17ドルとお得。


風邪をひいたため、ニューヨークの魅力であるはずの多様な群衆はストレスのもとで、その中で歩くのは苦痛でしかなかった。その群衆の多くは自分と同じ観光客。観光客の中で観光客のように行動していると、五番街を歩いても、自由の女神を仰いでも、ぐねぐねと何か大きな儀式に参加しているだけで、わざわざこの都市に来る必要性がないんじゃないかという気持ちになる。

ヨーロッパの方角を向いて移民を出迎えた自由の女神。奴隷解放と米仏友好を記念して1886年に完成した女神像は20世紀、ヨーロッパ人移民にとっての自由のシンボルとして愛されていく。

ニューヨークで観光から離れたいと発想が無茶であると理解しつつも、このままぐねぐね過ごしたくないという思いで、プエルトリコ系の人々が多く暮らし、「エル・バーリオ(El Barrio)」とも呼ばれるイーストハーレムに向かった。

地下鉄6号線で北上し、116番街通りを東に歩く。さっそくスペイン語の看板の店が並び、ラテンアメリカでおなじみのタマルを売る屋台も。プエルトリコの国旗を掲げているアパートや車もある。聞こえてくるスペイン語もカリブ海地域のアクセントがあり、ロサンゼルスで聞く中南米系の発音と違って楽しい。

イーストハーレムで出店していたタマルの屋台

しばらく歩くと、寄付された生活雑貨などを安価で売る施設を見つけた。立ち寄った地域住民が高齢の修道女にお金を渡して気に入った商品を持ち帰る。小さな赤いカバンを買った女性に「値段はついているんですか」とスペイン語で聞くと「あるわよ。といっても1ドルとか2ドルとか安いわよ」。

安価な生活雑貨を販売する施設。入り口付近に座り込んでいる高齢の修道女が店を切り盛りしている。

一番街通りを北へ歩くと中学校があり、アフリカ系やラティーノの子どもたちが集まっていた。そこから120番街通りを西に曲がって歩き進めると、1910年代に活躍した黒人指導者マーカス・ガーベイの名前が付いた公園にたどり着いた。多くの子どもたちがバスケットボールやブランコなどを楽しんでいる。マンハッタン中心部と違って、地元住民の時間がゆっくり流れていた。そのまま西へ進み、ハーレム界隈を歩いた。体調もだいぶ良くなってきたように思う。

マーカス・ガーベイ公園では多くの子どもたちがバスケットボールを楽しんでいた。


その晩はニューヨークに住む友人宅を訪ねた。久しぶりの再会を楽しむことができた。

彼は市内の大学で腸内細菌の研究をしている。生まれ育った場所によって、それぞれの人間が持つ腸内細菌が異なるらしい。日本人が海外旅行に行くと食事が変化するので、うんこの質が変わることがあるが、それも腸内細菌と食事の関係によるという。

僕はだいたい海外の食事は何でも食べられる。とはいえ、今回のように風邪をひくと東アジアの料理が食べたくなる。やはり日本から持ってきた腸内細菌の影響だろうか。移民が外国に移り住むとき、その人の身体や願望、知識、技術だけでなく、出身国で培った腸内細菌も国境を超えていく。

胃袋に優しいワンタン麺。アメリカに来てから特に好きになった料理の一つだ。

ただ「移民と細菌」をまとめて語ることは差別の方程式の一つだから注意が必要だ。19世紀終わりのアメリカでは「中国人・日本人がばい菌を持ち込む」という偏見を背景に排外主義的なページ法が成立した。

こうした人種主義的言説の危険性を十分に理解したうえで、科学的に証明しうる腸内細菌と移民社会の関係について考えることは有意義なことのように思われる。移民社会でエスニック料理が発展する背景には、移民集団が共有する腸内細菌の影響もあるのかもしれない。風邪をひいてワンタン麺を食べたり、腸内細菌の専門家である友人と話したりして、今回のニューヨーク訪問は胃腸から移民社会を考える機会にもなった。

ニューヨーク在住の友人が教えてくれたイーストリバーフェリー(East River Ferry)。34番街通りの東端からブルックリンまでニューヨークの景色を楽しみながら移動できる。

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