2014年4月30日水曜日

コスタリカの中国人移民、嫌がらせに抗議

フェイスブックでは、高校時代に留学していたコスタリカの仲間の投稿も読める。
たまたま興味深い投稿があった。

かつて僕が住んでいた町の出来事。そこで人気の中華料理店の前に、首のない犬のような生き物の死骸が放置されていたという内容を複数枚の写真付きで、ある住民の女性が投稿した。

彼女は「これがいつも私たちが食べてきたものですよ」とコメントをつけた。投稿はすぐに住民ら50人以上にシェア(共有)されて、一気に広がった。僕の知人もシェアし、僕も投稿を見ることができた。

コメント欄には「これ犬?」、「オエッ」、「ああ気持ち悪い。なんでこんなことができるの?」などと続く。ある人が「これ本当?」と聞くと、投稿者の女性は「本当よ。これがいつも私たちが食べてきたものよ」と自信まんまんに答える。

その後しばらく「気持ち悪い」という内容のコメントが続いたが、ある女性がこう切り出した。

「それは嘘ですよ(笑)」。

書き込んだのは、その中華料理店で働く中国人移民の女性だった。

「私たちはちゃんとした人間ですし、そんなことをすることはありませんよ。これ(死骸の動物)をずっと食べてきたって書かれているのは残念です。どうやったらそんなことができるっていうんですか。お願いです。こうして騒動にする前に本当かどうか調べてください。レストランは今日も開いています。ぜひお店に来て、気になるなら、何匹の犬がいるか調べてもらってもいいですよ。よろしくお願いします」

続けて、彼女は「私たちは中国人です。汚い人じゃありません」と大文字で書き込んだ。「中国人」と「汚い人」のスペイン語の発音が似ているのを逆手にとって反論した。

すると、中国人女性の友人たちが「ここの中華料理はおいしいよ。誰かが悪さするために店の前に死骸を置いたんでしょ」、「これは中国人の信用を落とすために誰かがやったのよ」などとコメントを投稿した。

中国人女性は「私はこの町に住んで16年になります。こんなこと、できるわけありません。私たちはコスタリカに住んでいます。ここではこんなことは許されないって知っています。誰かの悪意で起きたことですが、神のご加護を祈ります」と書き加えた。

最初の投稿は一切の証拠がないまま、「ふだん住民が食べている焼き飯に犬の肉が入っている」と主張し、一気にフェイスブック上で拡散した。

しかし、中国人女性は投稿者に対して厳しい言葉をかけることなく、たんたんと店の潔白を説明し、彼女の友人たちがそれを支えた。最終的に50件近くに増えたコメントの内容は、店を応援する声に変わった。最初に情報を流した女性に「噂して楽しむことしか能がない」と批判する声もあった。

僕が留学していたころ、僕が町で唯一のアジア人男性だった。だから、ものすごく目立って友だちもたくさんできた。ただ、1年間だけの高校留学と、何十年も移民として現地で暮らしていくことはまったく違う。この町で暮らすアジア人は今でも数えるほどしかいない。

今回のような人種差別的な嫌がらせを証拠なく言いまわった女性に対して、堂々と丁寧に対応していた、この中国人移民の女性の姿勢は立派だと思った。また、疑わしい内容の投稿に同調してシェアする人だけでなく、その内容を疑って批判する人も多かったことも印象的だった。


けど、実際、コスタリカ社会の常識として、こういう特定の飲食店やエスニック集団を標的にした嫌がらせに対して、法的にどのように対処できるんだろうか。というわけで、弁護士資格のあるコスタリカ人の友だちに聞いてみた。店の経営者は、名誉棄損罪で虚偽の情報を流した女性に対して祖なぎ賠償を求めることが可能という。弁護士の友だちも「こういう情報を彼女が投稿したのは本当に気分が悪いこと」と言っていた。かなり悪質だったので、経営者は訴えていいと思う。

そんなこんなでしばらく時間が経つと、最初の投稿者はフェイスブックから問題の投稿を削除していた。結果的にいろんな批判や注意のメッセージを受け取り、問題の深刻さに気付いたんだろう。けど、気付いただけじゃなく、期間限定でもいいから訂正と謝罪の投稿をフェイスブック上で出したり、中華料理店に直接徹底的に謝罪してほしいところだ(しないと思うけど)。


翌日、フェイスブックで広がった情報は一部のコスタリカ国内ネットメディアが報じることに。

僕が読んだ2本の記事は、どちらも中華料理店の料理と動物の死骸の関係を示す証拠も、中華料理店関係者への取材もないまま、直訳すると「犬の肉が中華料理店で使われていたかもしれない」、「中華料理店の前で解体された犬のようなもの見つかる」と見出しをつけて報じており、見出しだけ読んだ人は「中華料理に犬の肉が使われていた」と理解するだろう。

この段階では、死骸が犬かどうかを含めて、何も分かっていない。誰かが死骸を中華料理店前に捨てた可能性もあるし、もちろん犬を食べる文化もあるから誰かが食べていた可能性もゼロじゃない(ちなみに、今は法律で禁猟になったが、コスタリカにはイグアナを食べる文化がある)。

ただ、何もわかっていない段階で「中華料理店」と「(コスタリカでは考えられない)犬食」を結びつけた報道の根底には、中国人に対する偏見があるといって間違いないだろう。

2014年4月24日木曜日

食料品店で即席コメディショー、人種ネタやシモネタや

最近、お気に入りの食料品店がある。
ヴェニス通り沿いの「Grand View Market」。1920年代に建てられた建物を活用し、広々とした店内に食料品を並べた棚や精肉コーナー、カウンターバーなどが入っている。

気に入っている理由は、店内で買ったサンドイッチや飲み物などを楽しめる飲食スペース。大手チェーンのコーヒーショップのように、たくさん客がいたり、空調が寒すぎたりしないので、長時間ゆっくり勉強ができる。
ただ、店の大きさに比べて、客が少ないので、もう少し客がいないと、そのうちテナントの賃料が支払えず、閉店してしまうんじゃないかと思うので、もっといろんな人に来てほしいと思う。

アルコールやソフトドリンクの種類も豊富。ザクロ入りジンジャーエールなど、普通のスーパーマーケットでは買えない飲み物も2ドル程度で買えるので楽しい。

この日は、ソビエト連邦をモチーフにしたレモネード「レーニンネード」を飲んだ。瓶の裏側には「我々の五ヶ年計画:5年間飲み続けて、社会主義フレーバーの英雄になろう」と書いてあった。


「レーニンネード」


「レーニンネード」を飲みつつ、そこで勉強していると、夕方から一組の男女が飲食スペースのソファを移動させて空いた空間にマイクスタンドを置き、何かのステージを準備し始めた。徐々に飲食スペースに人が集まり始めると、ステージを準備していた男性が「くじで順番を決めます。名前を書いて言ってください」と呼びかけた。

僕はなんのことか分からないので、もちろん傍観していたんだけど、なんだか男性は僕にもくじを引かせようと声をかけてきた。僕は「何か分からないのでけっこうです」と答えた。

ステージ周辺には仕事などを終えて集まってきた30人くらいの若者たち。大人しそうな感じの人たちが多い。何をするんだろうと思うと、くじで決まった順番で、スタンドアップコメディを始めた。

スタンドアップコメディとは、1人の芸人が観衆に直接話しかけるようにジョークを言って笑いを誘う、アメリカで一般的なお笑いの形式だ。スタンドアップで成功して有名になる芸能人も少なくない。

そういうわけで、思いがけず、普段はガラガラの食料品店で、生のスタンドアップを見る機会を得た。とはいえ、アマチュアの人々が集まってネタを試す場だから、なかなか大きな笑いは生まれない。僕には聞き取れない部分も多かったけど、アメリカ人の反応もいまいちだった。

全体として、人種(エスニック)ネタとシモネタの二つが目立った。人種ネタが多いのは移民の国ならでは。最初にステージに立った白人男性は「白人は大量虐殺や奴隷制、経済危機などを生み出して最悪だ。きっと恐竜を全滅させたのも白人だろう」と言って、完全にスベっていた。

しばらくして出てきた白人女性は「デートを絶対に成功させる方法が一つあります」と言ってためた後、「とにかくできるだけエロい感じにしておけば間違いありません」と加え、その言い回しからそこそこ受けていた。彼らの他にもアフリカ系やアジア系の若者も参加していた。

午後8時を過ぎたので、席を立つと、司会者の男性が「アリガトウ。サヨナラー」と声をかけてくれた。


毎週土曜日の夜、大手テレビ局NBCでお笑い番組『Saturday Night Live』を見ている。出演者を変えながら1975年から続く長寿番組で、ここから巣立った多くの芸人が、その後、トークショーやドラマ、映画などで活躍している。白人の視点を中心としたお笑いだけど、よくもわるくも、アメリカのお笑い文化を理解するには適した番組の一つといえる。

もちろん英語が聞き取れないことも多いけど、聞き取れてネタの社会的・文化的背景も分かる限りでは、外国人の僕でもけっこう笑える。食料品店の即席ステージでネタを披露した若者たちの一部も大きな舞台を夢見ているんだろう。

・店のリンクは、こちら

2014年4月8日火曜日

高層ビルとホームレス、ダウンタウン再開発を巡る問題

ロサンゼルスのダウンタウンの夜景はきれいだ。
高速道路を走りながら輝く高層ビルの群れを眺めていると、少し別世界に来たような不思議な感覚になる。そびえたつ近代的な物体から発せられた無数の光が大都市を照らし出している様子が単純に視覚的にきれいということなんだろう。

ロサンゼルスのダウンタウンの夜景

現実に戻ると、これらの高層ビル群は、ロサンゼルスが世界からかき集めてきた富の結晶であり、グローバル資本主義が生み出す格差の象徴でもある。
その格差を最も激しく映し出している地域は、これらの高層ビル群の足元にある。

ダウンタウンの高層ビル群のすぐ近くに「スキッド・ロウ(Skid Row)」と呼ばれる全米で有数のホームレス集住地域がある。

留学前、ロサンゼルスに用事で来たときに泊まるホテルは、この地域の西端に建っていた。何も知らず、ホテルから少し東へ散歩に行くと、通り沿いにずらっとアフリカ系の人々を中心にホームレスが並んでおり異臭も強く、観光客が歩くような場所ではなかったので、折り返したこともあった。

高層ビル群の足元にあるスキッド・ロウ。歩道にテントを張って人々が暮らしている。
一方、このスキッド・ロウ周辺の地域で、近年急速な再開発(gentrification)が進んでいる。例えば、この地域のすぐ北側には、日本人観光客の多くが足を運ぶ日系コミュニティーのリトル・トーキョーがある。僕がカリフォルニア州の大学へ学部留学していた約10年前はリトル・トーキョー中心部から一ブロック歩くだけで、ホームレスが多く暮らしているという印象だった。もちろん今でもホームレスがリトル・トーキョーへ物乞いに来ることは珍しくないが、再開発によって彼らの寝場所だった場所は、若者が集うおしゃれな飲食店や高級なマンションが並ぶ場所に少しずつ変化している。

大学で学んでいるとダウンタウンの再開発批判はしばしば耳にしていたけど、実際に何が問題なのか十分に分かっていなかった。
先週インターネット有料動画配信サイト「Netflix」で、ドキュメンタリー『Lost Angels: Skid Row is My Home』(2010)を見て、スキッド・ロウに暮らす人々と支援者の視点から、ダウンタウン再開発の問題点について理解を深めることができた。

手短にいうと、スキッド・ロウは精神障害や薬物依存になるなどして行き場を失った人々が最終的に辿り着く場所で、ギャングによる薬物売買などの問題が横行しているものの、そこに暮らす人々にとっては仲間とともに暮らせるコミュニティであるということ。再開発は、彼らが必要としている医療的なケアを施すのではなく、警察によって強制的に彼らを排除することで、その唯一の居場所を奪うことにつながっている、ということ。

ドキュメンタリーは、数年間かけて信頼関係を築いたうえで、多くのホームレスの証言をまとめ、外部から「危険」や「不潔」という印象だけで片づけられそうな地域に、視聴者と同じように、どこかに居場所を求めている生身の人間が暮らしているという現実を伝えることに成功している。

この作品について、大学院の同級生と話した。彼女は、アメリカでは新聞がかつてほど調査報道に労力を割かなくなった反面、ドキュメンタリーがそのような役割を果たしている、と話していた。また、そうしたドキュメンタリー作品制作を支援する民間基金も多い。日本でも「Hulu」などの有料動画配信サイトが増える傾向にあるので、既存テレビ局に加え、個人の映像ジャーナリストによるドキュメンタリー番組も増えていくといいと思う。


ホームレスに関連して、妻が仕事先の喫茶店の話をしてくれた。

その喫茶店には、ときどき白人のホームレスのおばあさんがやって来て、コーヒーを買う。お代わりだと割安なので、彼女は以前に使ったカップを持ってくる。注文時には、いつも「ハチミツとミルクをください」と言う。

ある日、妻が働いていると、そのおばあさんがやって来た。汚れたカップを手にコーヒーを注文。妻が新しいカップにコーヒーを入れて、席に着いたおばあさんのところへ持って行こうとしたとき、一緒に働いていた店長が「これを彼女にあげて」と店のお菓子を一つ妻に手渡した。おばあさんはぼそぼそ言いながら、コーヒーとお菓子を受け取った。

しばらくすると、おばあさんの近くでコーヒーを飲んでいた別の女性客が店を出ようとした。そのとき、その女性客はおばあさんに自分が購入したお菓子とお金を少しあげて去っていったという。

・ドキュメンタリーの公式サイトは、こちら

2014年4月6日日曜日

ミャンマーのイスラム教徒、少数民族の憩いの場

ロサンゼルスで暮らす移民集団は、それぞれ何らかの憩いの場を持っている。
今日、妻と夕食を食べに行った料理店もそういう場所の一つといえる。

「インド料理が食べたいな」と適当にインターネットで調べて、人気のありそうな安めの店「Jusmin Market」へ。
自宅アパートから車で10分弱で到着。さっそくタンドリーチキンセットとチキンカレーセット(各6.9ドル)を注文した。

料理を待っているとき、妻が「ビルマ(ミャンマー)って書いてある」と店内の壁に飾ってあった雑誌の切り抜きを指差した。料理のメニューはインドっぽいので、どうしてミャンマーなんだろうかと思い、記事を読んでみた。

店内に飾ってあった雑誌の切り抜き。「ミャンマー人の隠れ家(的料理店)、ジャスミン・マーケットで、イスラム系ミャンマーの香りを」と書いてある。

記事によると、どうやらこの店はミャンマー人イスラム教徒の料理店らしい。イスラム法に則って調理されたハラール料理を安価で提供し、出身地を問わず、さまざまなイスラム教徒が訪れる。店内にはコーランをモチーフにしたような飾りも置いてあった。

それまでミャンマー人の外見は東南アジア人と東アジア人の間くらいというイメージだったが、この店の店員は南アジア人に近かった。

家族客を中心にどんどん客が増え、店内6席が満席になった。女性客はスカーフを被り、男性客もイスラム教徒の伝統的な服装の人がちらほら。子どもたちは英語を話していたので、きっとアメリカ育ちなんだろう。店長のおじさんは大人には母国語で、子どもたちには英語で話しかけていた。

イスラム教徒の伝統的な服装で来店した親子(写真左)

記事によると、ロサンゼルス郡西部にはミャンマー料理店は少ないらしい。ロサンゼルスで暮らすミャンマー人イスラム教徒にとって、この小さな料理店は家族や仲間と楽しく時間を過ごす貴重な場所になっている。

注文した料理が運ばれてきた。ビルマ風カレーは、カレースープのような感じですっきりした味わい。料理と一緒に緑色のドレッシング2種類もついてきた。一つは唐辛子とヨーグルトを混ぜたようなもの、もう一つはミントと何かを混ぜたようなもので、どちらも何か分からないけど、タンドリーチキンにかけて食べると、チキンのスパイスと混ざって美味しかった。

タンドリーチキン(写真手前)など料理は全て使い捨ての皿に盛られてくる。水もセルフサービス。堅苦しくなくて居心地がいい。


ミャンマーの人口は約6千万人。その9割が仏教徒で、残りがイスラム教徒やキリスト教徒だ。

NHKが昨年、ミャンマー国内の仏教徒とイスラム教徒の対立について特集を組んでいる。
バングラディシュ国境に隣接するミャンマー西部にイスラム教徒は多く、多数派のビルマ族と異なる民族の人々が多いという。ミャンマー国内では近年、一部の仏教指導者の活動やビルマ族の自民族中心主義によって、少数派のイスラム教徒を排斥する運動が強まり、対立が深まっているらしい。

インド料理店と勘違いして訪ねたミャンマー料理店。思いかげずミャンマーのイスラム教徒について知る機会を得た。日本を含めて、ほとんどの国に少数派の人々がいる。あまり知らない国について考えるとき、まず、そうした少数派の状況を把握するように心がけていきたい。

・NHKの特集を紹介したサイトは、こちら

2014年4月5日土曜日

日本語を教える、日系人の子どもと交流

妻が一ヶ月ほど前から、ロサンゼルスにある日本語学校で働いている。
週末に3時間半、日系人の小中高生7人に日本語を教えている。
第二次世界大戦前に渡米した日本人移民の子孫である日系5世の生徒もいる。
妻のように数年前に渡米した日本人と、100年近く前に渡米した日本人の子孫が交流するよい機会にもなっている。

日本語を教える仕事は妻にとって初めての経験だ。
生徒の一部は日本語をある程度話せるが、多くの生徒は話すにしても書くにしても練習が必要だ。
子どもたちにとって分かりやすいように、文法的な説明は英語でしている。

先週は数の数え方を勉強した。
英語では「one, two, three」で済むところが、日本語では「いち、に、さん」が「ひとつ、ふたつ、みっつ」になったり、「ひとり、ふたり、さんにん」になったりする。
さらに車なら「一台、二台、三台」で、紙なら「一枚、二枚、三枚」と数字の後ろにくっ付ける言葉も変化する。

その日は、生徒から「動物はなんて数えるんですか」と質問があった。妻は「いっぴき、にひき、さんびき」と答えたが、動物の種類によっては「いっとう、にとう、さんとう」と呼ぶこともあると教えた。

英語にはない助詞の使い方を理解するのも難しい。
別の生徒は「なんでいろんな意味の『に』があるんですか。なんでこんなにややこしいの」と言った。たしかに「だれだれに話す」「どこどこに行く」「どこどこにある」など「に」はややこしい。いくつか違う使い方を説明した後、妻は「英語を勉強している人には英語の前置詞もややこしいんだよ」と付け加えた。

各46種類のひらがなとカタカナだけでなく、漢字もたくさん勉強しないといけない。妻は日本語を教える経験を通して、文字の種類や数の多さなど、その難しさを改めて実感している。

「子どもたちの注意をひきつけるのがたいへん」という妻。昨年の夏まで一年間、通っていた英語教室の先生の教え方を参考にしている。ずっと教室の前で解説するのではなく、生徒それぞれに日本語で話しかけたり、生徒をグループに分けて会話練習をさせたりしている。先週は「バスケットボールとサッカーとどちらが好きですか」「〇〇のほうが好きです」という会話の練習をした。

授業の合間の休み時間には、生徒の保護者らがハワイ出身の日系人の間で生まれたスパムおにぎりなどを売りに来る。学校では、年明けの餅つきやひな祭りなど日本の伝統行事も行う。妻いわく「そうした行事は日本の子どもたちよりもたくさん経験してそう」と話す。

授業内容を考えたり、宿題を作ったり、初めての作業でたいへんなこともあるけど、日系人の子どもたちと交流しながら、日本語を外国語として理解する機会になっている。日本では、日本語を教えることに関心がある人のための日本語教育能力検定試験がある。妻も「いつか受験できたらな」と話している。