2015年7月20日月曜日

国際移民と国内移住の交差点、シカゴを歩く

人口規模でアメリカ第三の都市シカゴに到着した。
1925年に完成したユニオン・ステーション駅は神殿のような外観。毎日12万人が利用し、アメリカで3番目に利用者が多い駅という。

19世紀前半のアメリカでは鉄道や運河などの交通網が急速に整う。それに伴い、シカゴには1840年代以降、アイルランド人やドイツ人らが大規模に移住した。1840年に全米92番目の4,470人だったシカゴの人口は、1890年には全米2番目の約110万人に急増した。
1890年、シカゴ市人口の約8割が移民とその子どもという移民都市に成長する。20世紀初頭にはポーランドなど東ヨーロッパ出身の移民も加わった。20世紀初頭、シカゴ大学でシカゴ学派と呼ばれる都市社会学が発展した背景には、このようなシカゴ市の急激な発展があった。

正午ごろにホテルに到着。荷物を預けて目抜き通りのミシガン通りを歩く。シカゴ川に掛かるドュサーブル橋には、17世紀にヨーロッパ人がこの地域に進出したことを祝う説明板が彫られている。1920年代に彫られたものだ。
発見者たち
ジョリエ、マーケット神父、ラ・サールとトンティは、17世紀後半にミシシッピー川につながる五大湖とこの流域を越え、アメリカ中西部の人々の性質に深く根付く勇敢な冒険心を象徴する、恐れを知らない探検家としてアメリカ史にその名を残すだろう。

19世紀初頭に先住民と白人の間で起きた戦いを白人側の視点から表現した彫刻がドュサーブル橋に彫られている。

歴史家リチャード・ホワイトが論じたように、17世紀の五大湖地域では、先住民とフランス人がそれぞれ利益を得るため、ある程度互いに理解し、依存しあう「中間領域(Middle Ground)」が形成された。
そうした相互依存関係は18世紀に崩れていき、19世紀に先住民は新興国アメリカによる支配の対象になっていく。先住民の存在を完全に無視している上記の説明は、白人至上主義がピークを迎えていた1920年代当時のアメリカの歴史観を表しているといえるだろう。

17世紀まで先住民の社会だった自然豊かなミシガン湖岸には現在、近代建築を代表する高層ビルが立ち並ぶ。

そうした近代建築の一つ、シカゴ文化センター(Chicago Cultural Center)に散歩がてら立ち寄った。センターの建物は1897年にシカゴ市立図書館として建設され、1990年代以降、入場料無料の芸術文化施設として展覧会などを開催している。この日は、シカゴのアフリカ系アメリカ人に関する展覧会が二つ開かれていた。

シカゴ文化センター

展覧会の一つは、1920~1980年代、シカゴに住むアフリカ系住民の間で愛用された化粧品会社ヴァルマー社(Valmor Products Company)の商品や広告をデザインしたアフリカ系デザイナー、チャールズ・ドウソン(Charles Dawson)らの作品展。アフリカ系であることに強い誇りを感じていたドウソンは、彼の美的感覚と重なるアフリカ系の人々をデザインに描いた。人種的特徴を強調しない彼のデザインは、化粧品をアフリカ系以外のエスニック集団に販売するうえでも重要だったという。

戦前にアフリカ系住民の間で人気だったヴァルマー社の整髪料。広告デザイナーのドウソンは人種的特徴を強調せずに人物を描いた。

第一次世界大戦中(1914-1918)、ヨーロッパからの移民労働者の流入が滞ると、アメリカ南部から多くのアフリカ系労働者がシカゴに移り住んだ。歴史の教科書では「大移住」(Great Migration)として知られており、国際移民と国内移住が連動していることを示す事例といえる。

創業者がハンガリー系ユダヤ人だったヴァルマー社の歴史からは、国際移民と国内移住がシカゴで重なり、地域経済と広告美術の発展につながっていったことが分かる。

文化センターでゆっくりした後、シカゴ市観光の目玉であるミレニアム公園の銀色オブジェ「クラウド・ゲート」を見た。夜は底が深い鉄鍋で焼くのが特徴のシカゴ風ピザを食べてお腹いっぱいになった。

多くの観光客が訪れるミレニアムパークに置かれた「クラウド・ゲート」

人気店「Gino's East」のシカゴ風ピザ
夜のドュサーブル橋付近


翌日は高さ442メートルのウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)に上った。1973年に建てられ、当時は世界で最も高いビルだった。展望台から見下ろしたシカゴ市の街並みは一見の価値あり。透明の板を使った特別展望コーナーに行くと空中にいるような、もしくは、そのまま地上に落ちてしまいそうなスリルを味わえる。天気もよく多くの観光客で賑わっていた。一泊二日と短かったものの、シカゴの街を満喫して、ロサンゼルスに飛行機で帰った。

ウィリス・タワーの展望台から見下ろしたシカゴの街並み。右手(東側)にミシガン湖が広がる。
足元が透明の板になっている特別展望コーナー

・シカゴ文化センターの歴史は、こちら
・・シカゴの人口については、こちらまたはこちら

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