2013年5月7日火曜日

シンコ・デ・マヨの交流会、アパート住民の背景いろいろ

同じアパートに住む人たちとアパート中庭で昼食パーティーをした。
それぞれが何か料理を持ち合うポットラック形式だ。

ふだんはほとんど顔を合わせない住民とこうした形で集まれるのは、素敵な管理人さんのおかげ。管理人さんは子どもに音楽を教える仕事をしている30代女性だ。彼女自身も住民の一人としてアパートに住みながら、不動産会社と住民をつなぐ「resident manager」を務めている。
パーティーは彼女が企画してくれた。

午後1時、住民らが中庭に集まってきた。
コンピューター技術者として働くインド人男性2人はサモサを持ってきてくれた。メキシコ系アメリカ人の住民は、チキンサラダとトスターダ(トルティージャを焼いたもの)。大学で神経科学のポスドクとして働いているイタリア人男性はアップルパイ。ユダヤ系の管理人さんは、ブルガリア料理を参考にしたスイカのサラダを準備してくれた。
わが家はチラシずしを持って行った。

サモサ。ドクター・ペッパーに似た味の缶ジュース(右上)も美味しかった。

住民は全部で14人集まって、わいわい3時間ほど話をした。

わが家のお隣さんは、メキシコ系カップルの男女とルームメイトの白人男性の3人で暮らしている。
男性二人は4~5年、軍隊に所属し、アフガニスタンやイランでラジオ基地の設置業務などに携わったらしい。そのときに知り合った縁で、いま一緒に暮らしている。

女性はアメリカ生まれだが、スペイン語を話して育ったので、「私の第一言語はスペイン語なの」という。彼氏の男性は、メキシコ出身の両親が子どもにスペイン語のアクセントが残ることを心配して、英語中心で彼を育てたので、スペイン語は彼女ほどうまくはない。ただ、それでも日常会話は問題なくできる。ルームメイトの男性は、メキシコ系の二人と住む機会を活かして、スペイン語を勉強しているという。

彼氏の男性は、イラクで勤務していたころ、意外にもスペイン語が役立つ機会があったという。
あるとき、現地のイラク人たちと米兵の間で英語のコミュニケーションがうまくとれないことがあった。しかし、たまたまイラク人の一人がキューバ留学経験者でスペイン語がぺらぺらいうことが分かった。そこで、男性がスペイン語を使って対応したという。

アメリカは移民の国だから、米兵の中でも、さまざまな言語を使える人たちがいる。第二次世界大戦中に日系アメリカ人兵士が日本語能力を米軍の業務で生かしたように、言語能力を海外で生かす米兵はきっと多いのだろう。


管理人さんは大学生時代に1年間、イタリアに留学していた。
せっかく同じアパートにイタリア人住民がいるんだから、ということで、そのイタリア人男性に週に一度、イタリア語を教えてもらっている。

僕らにも「いつか日本料理を教えてよ」と声をかけてくれる。
夏休みに入ったら、他の住民も招いて、簡単な日本料理を一緒に作って食べる催しをしてもいいな、と思う。

こうして管理人さんの呼びかけを中心に、アパートの住民の信頼関係が深まると、より安心して暮らすことができるのでありがたい。

最近、アパート入口の扉のカギが不審者に壊された形跡が見つかったので、アパート管理会社がドアを補強したところだった。アパート近辺は治安のいい場所だけど、何が起こるかわからないので、住民の間で信頼関係があることにこしたことはない。

パーティには、このアパートに住んで40年以上になるユダヤ系のおじいさんも参加した。
ロサンゼルスの歴史や地理にものすごく詳しい百科事典のようなおじいさんだ。
このアパートで過去にあった事件について聞くと、住民がアパート外側のゴミ捨て場で銃で撃たれたこと、住民のテレビを泥棒が盗んだことなどを話してくれ、みんな心配そうに聞いていたが、すべて1970年代の話だった。というわけで、近年は大きな事件はないようだ。


しばらくすると、「今日はシンコ・デ・マヨ(Cinco de Mayo)だよ!」とメキシコ系のカップルがテキーラを持ってきた。

シンコ・デ・マヨは、スペイン語で「5月5日」という意味。1862年5月5日、ナポレオン三世がメキシコを征服しようと派兵したフランス軍に対して、軍勢で劣るメキシコ軍が勝利したことを記念した日だ。
メキシコでは独立記念日の9月16日が最も大切な祝日であり、シンコ・デ・マヨは一部の地域を除いて祝日にはなっていない。
一方、シンコ・デ・マヨは、メキシコ系アメリカ人の間では、メキシコ系としての誇りを感じる記念日として特に重視されている。

ユダヤ系の管理人さんが「ハヌカー(Hanukkah)と同じね」と言った。
ハヌカーはユダヤ教の年中行事の一つだが、ユダヤ系アメリカ人の間で特に大きく扱われている。
僕も9年前の留学中に、ユダヤ系アメリカ人のルームメイトの実家に招いてもらい、ハヌカーに参加したことがあった。

アメリカでは、それぞれのエスニック集団が、少数派でありながらも、文化的な遺産に誇りを持って結束し、それを後世に継承していくため、独自の方法で祝祭日を発展させていく。シンコ・デ・マヨやハヌカーは、そうした現象の典型的な例だ。

アメリカで暮らす移民とその子孫が独自に作り上げていく祝祭日は、アメリカ人/メキシコ人、もしくはアメリカ人/ユダヤ人と切り分けては理解することができない、メキシコ系アメリカ人(Mexican American)やユダヤ系アメリカ人(Jewish American)というアイデンティティの在り方そのものをよく表している。

わが家にとっては、アパートの住民と関係を深める良いシンコ・デ・マヨになった。

※シンコ・デ・マヨの実際の発音は「スィンコ・デ・マヨ」の方がより正確。

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