2014年10月21日火曜日

アメリカ社会の貧富の差、高級車と高校生

夕方、時計の電池を入れ替えにデパート(Westside Pabillion)の時計修理店に妻と出かけた。
5年間使い続けて曲がってきた金属のベルト部分も交換してもらった。

帰りに近所のインドネシア系喫茶店に立ち寄って、タピオカ入りミルクティー(ボバ)を飲みながら、新聞を少し読んだ。

トップ記事は、メキシコ国境でアメリカの国境警備隊にメキシコ人が射殺される事件が起きているが、被害者は何も補償を受けていないことなどについて報じていた。

そんな記事を読みつつ、駐車場に目をやると、帰宅途中に喫茶店に立ち寄った高校生が5人ほど話している。制服を着ているので私立高校の学生だ。

しばらくすると、高級車のアウディやジープの黒塗りの大きな車が入ってきた。運転席から降りてきたのは同じ制服姿の高校生たちだった。彼らの家庭がかなり裕福であることがすぐに分かる。

あるサングラスをかけた女子高生はアウディから降りて、喫茶店にいた仲間に話しかけると、タバコを吸いだした。しばらくスマートフォンをいじった後、またアウディに乗って去って行った。

彼らはフランス語と英語のバイリンガル教育を1960年代から行っているインターナショナル・スクールの生徒たちだ。喫茶店内でおしゃべりしていた女子高生2人はフランス語で会話をしていた。この学校のホームページによると、年間の学費は約240万円(2万3800ドル)らしい。

ピカッピカの大きな高級車を下校時に何人もの高校生が運転している様子を、低賃金労働者やホームレスの状況と比べると、人種やエスニシティの違いも絡まって、アメリカ社会の貧富の差がよりはっきりと見えてくる。

2014年10月20日月曜日

寿司パーティ、鮮魚を求めて卸売店・日系スーパーへ

日本人の友人の誕生日に合わせて寿司パーティーをした。

その日は午前中、ダウンタウンにあるスキッド・ロウ地区内の鮮魚卸売店に別の友人と寿司用の魚を買いに行った。

スキッド・ロウは日系飲食店が集まるリトル・トーキョーのすぐ南側にあり、ホームレスの集住地域として知られている。
この日も多くのホームレスがボランティア団体が提供する食事を食べたり、路上で仲間と話をしたりしていた。そうした通りから少し離れたところに鮮魚卸売店がいくつかあった。

僕らは午前9時半ごろに卸売店に到着。すると、もうすでに卸売店は店を閉めていた。ある店では日本人社員が出てきて「9時半までなんです。もうキャッシャーを閉じたので、また来てください」と丁寧に対応してくれた。

やや残念な気持ちで路上駐車した車に戻る。駐車した場所はスキッド・ロウ地区のさらに南側のフラワー地区(Flower District)。観賞用植物の卸売店が集まり、朝から多くの客でにぎわっていた。

フラワー地区の通り沿いには花店が連なり、花や鉢植えをかなり安く買うことができる。

友人が「せっかくだから、ここでプレゼントの花を買っていこう」と提案し、いくつか店をのぞいてみた。ラティーノやアジア系の人たちが店を切り盛りしている。ちょうど良さそうな花束を見つけたので購入。日本では数千円しそうな立派な花束が5ドルで買えた。

フラワー地区で買った花束。これで5ドル。

とはいえ、すでに寿司パーティをすることは決まっているので、新鮮な魚が必要だ。卸売店は閉まっているので、日系人が多く暮らすガーデナ市内の日系スーパーマーケット「マルカイ・ガーデナ店」に高速道路で向かった。

この店では、大きな切り身の生魚が買える。友人いわく卸売店に比べると2倍ほど高いらしいけど、そこでマグロ、ハマチ、イシダイ、アカガイ、エビに加え、マグロの解体時に出た切れ端の一部を購入。この切れ端の身は、大トロ並の脂がのっているけど、大トロの半額以下で買うことができた。結果的にスーパーの方が卸売店よりいろんな種類を少しずつ買えるからよかったのかもしれない。

新鮮なマグロのかたまりをスーパー店員が切り分けていた。

店を出ようとしたとき、ちょうど店の入り口近くの飲食コーナーで、なつかしいのぼり旗を見つけた。「食のみやこ鳥取県」。大学院に進学する前に鳥取県でしばらく生活した。当時、県の食材をPRする、こののぼり旗をよく見かけた。

鳥取県のご当地グルメ牛骨ラーメンを売る店に飾られた県食材をPRするのぼり旗

どうやら9月と10月、この飲食コーナーでラーメンフェアを開催しており、たまたまこの日は鳥取県の牛骨ラーメン専門店「香味徳」が出店していた。せっかくだから昼ご飯に食べていこうと、友人とこってり牛骨ラーメンを食べてスーパーを後にした。

午後7時、誕生日を迎える友人宅に集まった。日本で寿司を握ったことはなかったけど、ロサンゼルスに来てから、自分で握ったほうが安いので、ときどき握る。こだわらなければ、けっこう簡単に握ることができる。というわけで、無事に楽しい寿司パーティを開くことができた。

大トロ的なマグロの切れ端(写真手前)などを使って、握り寿司を作って楽しんだ。

鮮魚を求めて、卸売店に行ったり、日系スーパーに行ったり、さらに寿司を握ったり。それを同じエスニック集団の仲間と食べながら情報を交換する。僕は移民の勉強をしつつ、移民の生活をしている。

2014年10月18日土曜日

アメリカ発祥のモルモン教、中国人留学生の信徒も増加

アメリカ社会の発展において資本主義とキリスト教が大きな原動力となってきた。

19世紀前半、産業化とともに市場経済が発達し、人々の生活が大きく変化していく。物質的な変化の中でも道徳的な生き方を守ろうと、キリスト教の宗教復興運動が盛んになる。

キリストの再臨を願う信仰も強まり、新しい教団も生まれる。その一つが1820年代に創設されたモルモン教だ。

創設当時、既存の教義との対立などから東海岸を追われ、現在のユタ州に拠点を移す。今では世界各地で宣教活動を行っており、世界に約1,500万人の信者をもつという。

自転車に乗った背広姿の若者が二人一組で布教活動をしている姿を見たことがある人は日本にもたくさんいるだろう。また、2012年の大統領選挙に立候補した共和党のミット・ロムニー氏も、モルモン教徒として初めて大統領候補者になったことが話題となった。

先日、モルモン教徒の大学の友人が、キャンパス近くの教会施設で学生信徒によるタレントショーがあるから来ないか、と誘ってくれた。彼とは10年来の友人だけど、お互い忙しく、ここ2年は会っていなかった。再会するいい機会なので、タレントショーを見に行った。

この教会施設は学生信徒が集う場所となっている。この日は50人以上の学生らが集まり、歌や踊りを披露した。ハワイアンダンスやサックス演奏など、どれも本格的で見ごたえがあった。詩集を出版したことがある友人も詩を朗読した。

集まった学生らは国際色豊か。特に、中国人留学生の増加に伴って、中国人の入信者も増えており、施設では中国語のセミナーも行っているという。タレントショーでは最近、洗礼を受けた学生も中国語で歌を披露した。観客にはモルモン教に関心を持ち始めた中国人留学生もちらほら来ていた。

中国人学生の入信の理由はもともとキリスト教に興味があったり、渡米してから興味を持ったり、いろいろ。施設は信仰の中心だけでなく、大学の授業のために自習する場所にもなっており、留学生活における居場所の一つになっているようだ。


学生を対象にキャンパスで宣教活動を行う若者たちもいる。この日は宣教師の若者も5人ほど参加していた。

その一人がたまたま日本人だった。数カ月前にロサンゼルスに来て宣教活動を開始。日本では英語を使う環境で育ったらしく、ネイティブ並みに英語が上手。最初は日系アメリカ人と勘違いしてしまった。

タレントショーでは彼も故郷・沖縄をテーマにした歌を披露し、曲の合間には、観客が事前に練習した通り、掛け声を入れたり、振り付けを加えたりして盛り上げた。

彼のように日本からアメリカに来る宣教師もいれば、もちろん、アメリカから外国に行く宣教師もいある。タレントショーでは韓国で宣教活動を行った経験から、韓国語の歌を披露する学生もいた。

友人は「ここの学生信徒団の多様性を見ると、いい文化の勉強になるかも」と言っていた。19世紀にアメリカで生まれたモルモン教の教団は、世界各地に宣教師を送るとともに、世界各地から来た移民にも積極的に宣教活動を行っている。

タレントショーは、久しぶりに友人と再会できたうえ、アメリカ発祥の宗教と移民のグローバルなつながりを肌で感じるいい機会になった。

2014年9月28日日曜日

アメリカで育つヒマラヤの家畜、ネパール移民の料理店

気になっていた近所のヒマラヤ料理店に夕食を食べに行った。

ヒマラヤ料理といっても、ぜんぜんピンと来ないので、店のサイトで事前にメニューを調べた。
どうやら「ヤク・チリ(Yak Chili)」というヤクの肉を使った料理が人気なようだ。
ヤクとはチベットやブータン、ネパールなどヒマラヤ山脈地域に生息するウシの仲間。現地の人々は2千年以上前からヤクを飼い、荷物や人を運んだり、その肉や乳を食べたりしてきたという。

店ではヤク・チリの他に、ネパールの蒸し餃子「モモ(momo)」とチキンカレー、ナンを注文した。
最初にモモがテーブルへ。日本人の口に合う餃子で、スパイスを加えたトマトソースにつけて食べる。
しばらくして、ヤク・チリとカレーが来た。
辛さは中くらいでお願いしたけど、どちらもかなり辛い。
ヤクの肉は脂身が少なく引き締まっているけど、ぜんぜん硬くない。特別なにおいもなく食べやすかった。

ヤクの肉をタマネギやピーマン、トマトと一緒に炒めたヤク・チリ

しかし、このヤクの肉はどうやって手に入れているんだろうか。輸入かな。
会計のとき、店員に尋ねてみると、意外にも「コロラド州で育てています」という答えが返ってきた。
アメリカには世界各地の食べ物がそろっているけど、まさかアメリカ産のヤクがいるとは。

それと、ヤク・チリを含めて、トマトを使った伝統料理が多かった。
ヤクのアメリカ進出も興味深いけど、トマト(南米原産)の世界進出は規模が違うと改めて思った。

最後にチャイを飲んで店を後にした。


自宅に戻り、再び料理店のサイトを見ると、開店のいきさつが紹介してあった。

この店は「タラ・グラン・ブラックが叶えた夢です。彼女はネパールの小さい山村に生まれ、8歳からネパールの伝統舞踊の訓練を始めました。その影響で、ネパールの伝統文化を生かしたレストランを開きたいと思い始めます。そして、ある日、ロサンゼルスで伝統舞踊を披露しているとき、ロサンゼルスの人々にネパールの文化を伝えたいという思いがこみ上げて」、開店に至ったという。

さらに、この店の利益の一部を寄付して、ネパールの故郷の学校校舎を立て直したい、とも書いてあった。実際その学校がどうなったのか分からないけれど、アメリカで稼いだお金を出身地に送ることは、移民の主な活動の一つだから、きっとタラさんも何かしら出身地の人々を経済的に支援しているんだろう。

店の雰囲気も店員の接客もよく、また行きたいと思う。


ついでに、ヤク農家についても調べてみた。たしかにコロラド州にヤクを専門にした農場がある。ある農場サイトによると、ヒマラヤ山脈で生きているヤクと同じような質のヤクを育てるよう心掛け、繁殖用、ペット用、食用などで販売。注文が多く、2016年分まで売り切れ状態という。

・料理店「Tara's Himalayan Cuisine」のサイトは、こちら
・ヤク農場のサイトは、こちら


2014年9月25日木曜日

奴隷の記憶も誇りに、「アメリカ人」のルーツ、公共放送PBSで特集

移民国家アメリカでは自分のルーツに関心を持つ人が少なくない。
先住民の子孫を除いて、今日の「アメリカ人」はアメリカ大陸の外から来た人々の子孫だ。

20世紀に渡米した移民の子孫の多くは、自分のルーツについて答えられるだろう。例えば、ほとんどの日系人は自分のルーツが日本であることを知りながら育つ。広島や沖縄など特定の地域まで特定できる人も多い。

一方、数百年前にアメリカに来た人の子孫の場合、名字がなんとなくヒントになるとしても、自分のルーツがどこにあるのか細かく特定するのは難しい場合もある。今日「白人」とされる人の多くはヨーロッパから来た人の子孫だけど、ヨーロッパといってもいろいろある。同じように「黒人」とされる人の多くはアフリカから連れてこられた人の子孫だけど、アフリカといってもいろいろある。

というわけで、アメリカの公共放送PBSで、有名人が自分のルーツを細かく調べて思いを語る番組が始まった。アフリカ系アメリカ人の学者ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアが司会の番組『Finding Your Roots』だ。

初回は映画『スタンドバイミー』の原作などで有名な小説家のスティーブン・キング、女優のグロリア・ルーベン、俳優のコートニー・B・ヴァンスの3人のルーツが紹介された。

番組サイトから

3人ともすでに他界した父親の素性をほとんど知らない。キングは父親の名字がもともとポラックであったこと、ルーベンは父親がユダヤ系ジャマイカ人であったこと、ヴァンスは父親が里親に預けられた経緯について知る。

さらに3人の祖先と奴隷制との関わりも明らかになる。キングの祖先は奴隷制に反対してアメリカ南部を去り、インディアナ州へ引っ越す。ルーベンはアフリカから連れてこられた世代の奴隷にまでさかのぼって母方の祖先を特定できた。ヴァンスの祖先は逃亡奴隷として北部に逃げた後、南北戦争に兵士として加わり、奴隷解放に貢献する。特にルーベンとヴァンスは奴隷制を生き抜いた祖先に誇りを感じながら涙を流す。

以前、PBSの別のトーク番組で、アフリカ系ジャーナリストのテイビス・スマイリーが、近年、奴隷を主役にした映画が増えて、奴隷制に対する言説が(ポジティブな方向に)変化しつつあるのではないかと語っていた。
おそらく、『Finding Your Roots』も、アメリカ人の間において、奴隷であったという祖先の過去が、スティグマ(不名誉)ではなくプライド(誇り)として解釈される状況の広がりを反映しているのだろう。奴隷の子孫ではないものの、アフリカ系初の大統領が誕生したという時代的な背景もあるのかもしれない。

この番組を見る限り、アメリカでは白人だけでなく黒人の間でもルーツを調べることが前向きに捉えられつつある。一方、日本ではルーツを調べることはしばしば差別の道具となってきた。最近は排外主義者が朝鮮半島出身者の子孫に対して激しい差別行為を繰り返している。

自分や他人のルーツは、それ自体が直接的に経験できない過去であるから、それを現在どう捉えるかによって、良くも悪くも利用できる。差別の是正や個人の誇りにつながるようなルーツの捉え方はよいとしても、差別を助長するようなルーツの悪用は許されない。

『Finding Your Roots』は、移民国家アメリカと日本で「ルーツを調べる」ということ自体がどのように社会で機能しているのか考える機会になった。次回はニューヨーク・ヤンキースで活躍したデレク・ジーターらスポーツ選手3人のルーツに迫る。この番組はテレビ放送後、オンラインで視聴することもできる。

・『Finding Your Roots』のサイトは、こちら

2014年9月15日月曜日

エスニック料理が楽しいファーマーズマーケット、日本で人気の手作りせっけん

この日曜日はマーヴィスタ(Mar Vista)地区のファーマーズマーケットに妻と足を運んだ。
この地区はヴェニス通り沿いにあり、オシャレな雑貨店や飲食店が多く、人気を集めている。

ファーマーズマーケットの売りは農家直販の有機野菜や果物だ。買い物客は爪楊枝でサンプルの果物をいくつか食べて味を確かめてから、気に入った商品を買っていく。

店頭の野菜は日光を浴びてさらに鮮やかに輝く。

食事を提供するブースも多い。このマーケットでは、定番のメキシコ料理に加え、ベトナム料理や中国料理のブースもあった。昼過ぎに行ったので、メキシコ料理ブースでセビーチェ(生魚をレモン汁や香辛料で和えた食べ物)を注文して食べた後、ベトナム料理ブースでベトナム風アイスコーヒーを買った。

パリパリしたトスターダ(tostada)というチップと一緒に食べるとさらに美味しい。

コーヒーを準備している間、ベトナム料理ブースのベトナム系おばさんが「日本人ですか」と声をかけてきた。
おばさんの息子が日本で空手のトーナメントに出場したときに観戦に行き、旅行もしたらしい。
「日本のどこ出身ですか」「京都です。お寺とかがいっぱいあるところです。知っていますか」「ええ、きれいなところですね、奈良も近いし」と会話が続く。

こんなちょっとした会話だけど、僕がベトナム料理ブースの人たちを「ベトナム人/系」と認識するように、向こうも外見や服装から僕らを「日本人/系」と認識して、こうして日本に関するテーマで話しかけてくるんだろうな、というわけで、僕らもロサンゼルス移民社会の彩りの一つなんだな、となんとなく感じた。


マーケットを離れ、車に戻る途中に素敵なせっけん専門店を見つけたので立ち寄った。
店に入ると、ラベンダーなど心地のいい香りに包まれる。鮮やかな色のせっけんが何十種類も売られている。
「ハロー」と店の奥から女性店員が声をかけてきた。店の奥はせっけん工房になっていて、彼女は出来立てのせっけんの大きな板の写真を撮っていた。黄色や緑色、赤色など鮮やかなせっけんの板が並んでいる。

販売用に小さく切り分ける前のせっけんの板

「きれいですね」と声をかけると、「ありがとう。今は新しい香りを試してサンプル試作中なの」と教えてくれた。

せっかくだから一つ買って帰ろうと、商品を見ていると「SHIBUYA YAYA」と名付けられたせっけんを見つけた。

「なんでSHIBUYA YAYAって名前にしたんですか」と聞くと、「日本でも販売しているの。『Glitter』っていう日本の雑誌でも取り上げられたんですよ」とのこと。

「日本に送るせっけんは全部、ここで作ってるんですか」
「そうですよ。そこ(工房)で作ったせっけんをまとめて日本に送っています。私もいつか日本に行けたらなって思ってるの」

そうして話している間に、妻もラベンダーとローズウッド、シダーウッドを混ぜたせっけん(6.5ドル)を選んで買うことに。支払いを終えると、サンプルもいくつかくれた。手作りせっけんの工房も見たし、店員の彼女も感じがいいし、また来たい店やな、と妻と話して店を後にした。

購入したせっけん(写真上)とサンプル。日本の販売価格の半額以下で購入できる。

この店の名前は「Soaptopia(ソープトピア)」。帰宅後にインターネットで調べてみると、日本では知る人ぞ知る人気の手作りせっけんらしい。東京を中心に10店舗を展開している。アメリカ国内では高級スーパーマーケットなど100ヶ所以上で店頭販売しているが、海外で店頭販売しているのは日本だけらしい。たまたま入った店が日本とつながりが深く、意外な発見で楽しかった。

ヴェニス通り沿いにあるソープトピア本店の外観

・ソープトピアの日本語ホームページは、こちら

2014年9月6日土曜日

気分転換の外出、移民都市ロサンゼルスを展望

久しぶりにコリアタウンのスーパーマーケットに行った。
本を読み続ける毎日なので、ちょっとした外出が楽しい。
理由は分からないけど、スーパーに行くと何も買わなくても気分転換になる。

この日は牛肉やモヤシなどを買いに行った。牛肉はいつもカルビ肉の切り落としを買う。精肉した際の切れ端部分なので値段が安い。味はとてもいい。

精肉コーナーを通り過ぎると鮮魚コーナー。大きな韓国系や中国系のスーパーでは鮮魚をさばいている様子を見ることができる。男性店員が、体長が1メートル近くありそうな巨大カレイを大きな包丁で切ろうとしていたけど、カレイが暴れて、なかなか迫力があった。

鮮魚コーナーの次は惣菜コーナーへ。
韓国人のおじさんがキムチのような食べ物をパックにしこたま詰めて買っていった。小魚のようなイカのような何か分からないものが真っ赤な調味料で和えてある。英語で「skatewing」と書かれてあるけど、語彙不足で何か分からない。分からないから夕食用に買ってみた。

夕食ではネットで調べる前に食べてみようということで一口。身はパサパサした食感で、骨はコリコリ噛み砕いて飲み込んだ。甘辛の調味料と絡み、ご飯が進むけど、何か分からない。


ホンオフェ(写真手前)とチャプチェ

調べたところ、カンギエイというエイのヒレだった。それを発酵させたもの(フェ)をコチュジャンなどで作った調味料で和えたもので、韓国語ではオンホフェというらしい。

分からなくても食べてみるという作業は意外性があって楽しい。ネットは便利だけど何かを体験する前に使うと、分かりすぎるし、分かったような気になる可能性もある。

エイのヒレを楽しみつつ、ときには分からないものがあれば分からないまま自分であれこれ考えつつ食べてみるのもいいと思った。

最近はスーパー以外でも日々の気分転換に近くの公園に歩きに行く。

その公園はロサンゼルス中心部が一望できる丘で、平日でも多くの人が運動している。さまざまなエスニック集団の老若男女が集う。

丘の頂上までは20分ほどで歩けば到着する。

ダウンタウンの高層ビル群が東側に見える。西側は太平洋だ。ハリウッドサインは小さすぎて見えないけど、それがある山も正面に見える。ロサンゼルスの近代的な都市設計を象徴する高速道路では血流のように自動車が流れており、都市の生きている姿が見える。いつも利用している電車も往復している。

丘の頂上から撮影したロサンゼルス市中心部の180度パノラマ写真(画像クリックで拡大)

1900年のロサンゼルス市の人口はわずか10万人。アメリカ国内の都市別人口順位も36位だった。2010年は380万人でニューヨークに次ぐ2位に。さらに周辺自治体を含むロサンゼルス郡の人口は982万人にも及ぶ。

ロサンゼルスは、19世紀末に鉄道網の拡大と石油の発見、20世紀に映画産業、観光業、宇宙航空産業、貿易業、金融業などの発達を経るとともに、世界各地から集まった移民労働力を吸収し、現在では世界経済の中心地として「グローバル・シティ」と呼ばれるほどに成長した。

この変化には資本主義の発展と第二次世界大戦が大きく関わっており、いろいろな分野の研究者がロサンゼルスに焦点を当てた研究を行っている。
ちょっとした散歩は気分転換だけでなく、この地域の歴史的な変化を実感したり、想像したりする機会にもなる。この機会もネットでは得られない。