先住民の子孫を除いて、今日の「アメリカ人」はアメリカ大陸の外から来た人々の子孫だ。
20世紀に渡米した移民の子孫の多くは、自分のルーツについて答えられるだろう。例えば、ほとんどの日系人は自分のルーツが日本であることを知りながら育つ。広島や沖縄など特定の地域まで特定できる人も多い。
一方、数百年前にアメリカに来た人の子孫の場合、名字がなんとなくヒントになるとしても、自分のルーツがどこにあるのか細かく特定するのは難しい場合もある。今日「白人」とされる人の多くはヨーロッパから来た人の子孫だけど、ヨーロッパといってもいろいろある。同じように「黒人」とされる人の多くはアフリカから連れてこられた人の子孫だけど、アフリカといってもいろいろある。
というわけで、アメリカの公共放送PBSで、有名人が自分のルーツを細かく調べて思いを語る番組が始まった。アフリカ系アメリカ人の学者ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアが司会の番組『Finding Your Roots』だ。
初回は映画『スタンドバイミー』の原作などで有名な小説家のスティーブン・キング、女優のグロリア・ルーベン、俳優のコートニー・B・ヴァンスの3人のルーツが紹介された。
番組サイトから |
3人ともすでに他界した父親の素性をほとんど知らない。キングは父親の名字がもともとポラックであったこと、ルーベンは父親がユダヤ系ジャマイカ人であったこと、ヴァンスは父親が里親に預けられた経緯について知る。
さらに3人の祖先と奴隷制との関わりも明らかになる。キングの祖先は奴隷制に反対してアメリカ南部を去り、インディアナ州へ引っ越す。ルーベンはアフリカから連れてこられた世代の奴隷にまでさかのぼって母方の祖先を特定できた。ヴァンスの祖先は逃亡奴隷として北部に逃げた後、南北戦争に兵士として加わり、奴隷解放に貢献する。特にルーベンとヴァンスは奴隷制を生き抜いた祖先に誇りを感じながら涙を流す。
以前、PBSの別のトーク番組で、アフリカ系ジャーナリストのテイビス・スマイリーが、近年、奴隷を主役にした映画が増えて、奴隷制に対する言説が(ポジティブな方向に)変化しつつあるのではないかと語っていた。
おそらく、『Finding Your Roots』も、アメリカ人の間において、奴隷であったという祖先の過去が、スティグマ(不名誉)ではなくプライド(誇り)として解釈される状況の広がりを反映しているのだろう。奴隷の子孫ではないものの、アフリカ系初の大統領が誕生したという時代的な背景もあるのかもしれない。
この番組を見る限り、アメリカでは白人だけでなく黒人の間でもルーツを調べることが前向きに捉えられつつある。一方、日本ではルーツを調べることはしばしば差別の道具となってきた。最近は排外主義者が朝鮮半島出身者の子孫に対して激しい差別行為を繰り返している。
自分や他人のルーツは、それ自体が直接的に経験できない過去であるから、それを現在どう捉えるかによって、良くも悪くも利用できる。差別の是正や個人の誇りにつながるようなルーツの捉え方はよいとしても、差別を助長するようなルーツの悪用は許されない。
『Finding Your Roots』は、移民国家アメリカと日本で「ルーツを調べる」ということ自体がどのように社会で機能しているのか考える機会になった。次回はニューヨーク・ヤンキースで活躍したデレク・ジーターらスポーツ選手3人のルーツに迫る。この番組はテレビ放送後、オンラインで視聴することもできる。
・『Finding Your Roots』のサイトは、こちら。
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