2015年8月15日土曜日

アメリカで虫歯治療、社会保障と移民社会の平等

歯が痛い。右上の歯の知覚過敏がひどく、右下の歯も鈍く痛む(ような気がする)。
いややなあと思いつつも、やや生活に支障がでてきたので歯医者に行くことにした。

とはいえ、アメリカの医療費はめちゃくちゃ高い。僕は大学指定の歯科保険に入っているけど、高額な治療費を請求する近所の歯医者にぷらっと足を運ぶわけにはいかない。

そこで多くの大学院生が利用するのがキャンパス内の歯学部。歯医者の卵として日夜がんばっている歯学部の院生に治療してもらう。彼らの実習を兼ねているので治療費が安い。なんとなくどんな感じか見てみたいし何より安いから、歯学部治療室に向かった。


すぐに治療してほしい場合は予約なしで朝早くから歯学部ビルの入り口前で待つ。
午前7時半、職員が「グッドモーニング」と入り口のドアを開けた。受付を終えて待合室で待っていると、午前8時半くらいに東アジア系の小柄な女性の歯科学生が迎えに来た。「こんにちは、よろしくお願いします」と握手して治療室へ。

「一週間前から知覚過敏がひどくて、それが鈍い痛みになって。下の歯の奥の辺りから。歯の表面の虫歯も目で見て確認できました」と説明した。レントゲン写真を撮ると、右上奥から4番目の歯は明らかに虫歯。悲しいことに写真には他の虫歯もいくつか写っていた。この3年間のコーラ飲みまくりがたたったのかもしれない。

歯科学生の彼女が、親不知を取るとかなんとか言いだして、なんかいやな感じになってきたと思っていたところ、治療室を監督するラティーノの男性教授が「痛みの原因は親不知じゃないと思う。上の歯を治療するのが優先」と指示。その日はその右上の歯の根管治療を受けて神経を取り、仮の詰め物を入れてもらった。痛みも消えたから良かった。

とはいえ、日本語でも分かりにくい虫歯の治療について比較的早口な英語で説明されて精神的に疲れた。例えば、日本では一般的に「神経を抜く」と言われる「根管治療」は英語では「root canal(根管)」。ただ、「root canal」と連発されても最初は意味が分からず、それだけで不安になった。

この日の治療費は学生歯科保健が適用されて50ドル。それに薬局で痛み止めと抗生物質を24ドルで買ったから計74ドル支払った。

ただ、問題はそこからの治療。神経を取り除いた後はそこに本格的な詰め物をして、元の歯の形になるようにプラスチックなどで形成しないといけない。今後、継続して治療を受けるには歯学部の患者として登録する必要があると言われ、やむを得ず登録した。後日、登録患者の精密検査ということで合計20枚ほど歯のレントゲン写真を撮られた。学生1割引きで90ドル支払った。


その後、担当の女性歯科学生の都合が合わず、右上の歯の治療が中途半端なまま、先に左下奥から3番目の歯の治療を彼女の友だちの男性歯科学生にやってもらうことになった。

男性歯科学生は30歳前後のベトナム系で、物腰が柔らかく安心できる。

「ここの学生ですか。何を勉強しているですか」と器具を整理しつつ聞いてきた。
「移民の歴史を勉強しています。戦争の時の状況など。ロサンゼルスはいろんなエスニック集団が集まってきているので」
「そうですか」
「ところで、歯学部の学生は文化的にも人種的にも多様で印象的ですね」
「ええ、違う文化に接することができていいですよ。かつてサウスカロライナに住んでいたんですが、そこではほとんどアジア人はいなかったです」
「ベトナム系の人はサウスカロライナにどのくらいいるんですか」
「数千人だと思います。ロサンゼルスは多いですね」

麻酔注射を2発打ち込んだ後、指で揉んでなじませる。左あごと唇が麻痺した。この感覚はけっこう好きだ。

ラバーダムというゴム製フィルターで治療する歯以外を覆い隠した後、ドリルで歯を削り、ファイルという待ち針みたいなもので神経組織をほじりだす。ちゃんと神経組織が除去できているか確認するため、何回もレントゲン写真を撮る。治療するのは実習中の学生なので時間はかかるけれど、治療方法や器具が新しいのはありがたい。

「ベトナム人の患者が来たら、ベトナム語が話せる歯科学生が担当するんですか」
「そんなことないですよ。患者があえて希望すればそうなると思います」
「へえ、そうなんですね」
「僕が治療するのはアフリカ系やラティーノが多く、実はあなたが初めてのアジア人ですよ」

歯学部治療室を観察していると、すべての人種・エスニシティの患者が治療を受けている。歯科学生の人種・エスニシティも、アフリカ系が少ないものの、全体としてはとても多様だ。アメリカ以外の国で歯科医の経験がある外国人学生もちらほら。ベトナム系の彼によると、年間に5千人が応募、500人が面接に進み、入学できるのは150人程度という。

2日かけて神経を抜いてもらい、後日、左下の歯に丈夫な詰め物(コンポジットレジン)を入れてもらった。その日の帰りに歯学部の名前が入ったサンスター「G・U・M」の歯ブラシと「Sensodyne」という歯磨き粉をくれた。


この左奥の歯の治療には、ここまでで126ドル支払った。歯科保険がないと295ドルになるという。アメリカの一般の歯科医で無保険で根管治療を受けると、500ドル以上するらしいから、それに比べるとかなり安い。

日本の一般歯科で根管治療を受けた場合、保険適用で1本3~4千円らしい(専門歯科では高額に)。そう考えると、アメリカの虫歯治療はやっぱり高い。オバマ大統領が実現した医療保険制度、通称「オバマ・ケアー」は原則的に歯科保険を含まない。本当にお金のない人はどうなってしまうのだろうか。

日本の国民皆保険に比べれば、既存の保険会社を介し、歯科保険を含まないオバマ・ケアーを不十分と批判することは簡単だろう。
けれども、もともとアメリカでは低所得者の一部と高齢者らを除き、医療費をカバーする社会保障制度が整っていなかった。そうした厳しい現実を考慮すると、医療保険だけでも一部カバーしてくれるオバマ・ケアーがあること自体が、アメリカ社会の平等を支えるうえでかなり重要な改革だということがよく分かる。

同時に、日本の健康保険制度は、日本社会の平等を考えるうえで、今後さらに税率を上げてでもある程度しっかり維持していく価値があると思った。これは経済成長を重視しないということではなく、経済成長と社会保障のバランスをどう考えるかという問題だ。つまり、国内総生産が増加すると同時に不平等も拡大するような経済成長は望まないということだ。

アメリカの歴史を振り返ると、人種・エスニック集団間格差と経済格差を切り離して考えることはできない。アフリカ系やラティーノが低所得者層に多く、構造的な人種差別の影響で、そうした格差はこれまで再生産されてきた。

日本の国民健康保険は住民登録した外国人も加入できるし、しないといけない。日本で雇用された外国人も健康保険に加入しないといけない。今後、日本の人口は大幅に減ると予想されている。そんな日本の経済を支えるために移民を受け入れていくとしたら、そうした移民とその子孫を単なる労働力と捉えず、同じ社会に生きる人々として平等に扱わないといけない。そのような成熟した移民社会を築くためにも、社会保障制度は今後ますます重要になると思う。

2015年度の一般会計予算。社会保障費は歳出全体の32.7%(財務省ホームページから。クリックで拡大)
日本の将来人口推計。2050年に日本の人口は1億人を切ると予測されている。(内閣府ホームページから。クリックで拡大)


・アメリカの根管治療の費用については、こちら
・日本の根管治療の費用については、こちらこちら
・カリフォルニア州におけるオバマ・ケアー申請資格については、こちら

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