2014年5月24日土曜日

イタリア人移民の情熱、地域の芸術拠点ワッツ・タワー

スペインの建築家ガウディを連想させるような巨大芸術作品が、観光客がけして訪れないようなロサンゼルスの低所得者地域に忽然とそびえたっている。

ロサンゼルス市ワッツ(Watts)地区のワッツ・タワーだ。

そびえたつロディーアのワッツ・タワー

ワッツ・タワーは、イタリア人移民のサイモン・ロディーア(Simon Rodia、1879~1965)の立体作品群で1954年に完成した。敷地内には、セメントで覆った鉄筋で作られた塔など17点が並んでいる。それぞれの作品は陶器やガラスの破片などで装飾されている。最も高い塔は高さ30メートルに達する。

ロディーアは1895年に渡米し、1920年にワッツに移り住む。誰の助けも借りず、自宅すぐ隣の作業場で34年間、毎日のように制作に取り組んだ。やっとのことで完成すると、彼は隣人に作品群を譲ってワッツを去る。その後、一度は取り壊しが決まったタワーだが、支援者が現れて今日まで保存してきた。

一度は必ず訪れたいと思っていた場所。妻と一緒にワッツ・タワーの見学ツアーに参加した。

ガイドの女性が「二つのことだけ守ってくださいね。一つは、タワーに登らないでください。子どもよりも、大人の方が登ろうとする人が多いんです。それと、一緒にかたまって移動してくださいね」と話し、ツアーがスタートした。

それぞれの作品には、タイルやガラスの他に半分に割れたコップや貝殻なども飾り付けられている。ガイドの女性が「タイルは彼が職場から持ち帰ったものです。彼の仕事はタイル張り職人でした。それと近所の子どもたちがタイルなどを持ってくると、ロディーアはお小遣いや自分で焼いたクッキーをあげていました」と言った後、「けど、タイルを持ち帰りすぎて、クビになってしまいます」と笑顔で付け加えた。

マルコ・ポーロの帆船をイメージした彫刻

作品群の周囲は壁で三角形に覆われており、故郷イタリアに向かう船をイメージしているという。それを示すように、壁には波のような模様も描かれている。僕が「彼は自分のことを芸術家と考えていたんですか」と質問すると、ガイドの女性は「彼が自分のことを芸術家と言ったことは一度もありません。彼はただ何か大きなことをしたいと願っていて、一人で作業をしていました」と教えてくれた。

タワーには世界各国から観光客が訪れる。芸術家の世界にも属さず、芸術家と自称することもなかったイタリア人移民が、アメリカ大陸の西の果てで、世界各国から人を集める作品群を作り上げた。これを芸術と呼ぼうか何と呼ぼうか関係ない。タワーは人の心を惹き付けている。

作品群には「SR」とロディーアのイニシャルが刻まれている場所が2カ所、ロディーアの肖像が飾り付けられている場所が1カ所(写真)がある。


このワッツ・タワーのあるワッツ地区は、第二次世界大戦以降、多くのアフリカ系が暮らしてきた。ロサンゼルス社会の構造的な人種差別を背景に、貧困に悩まされてきた地域でもある。

1965年には警察の不平等な対応や貧困に対する地域住民の不満が爆発し、35人が死亡、1千人以上が負傷する大規模な暴動が起きた。ワッツ暴動として、アメリカの学部生が使う歴史教科書にも登場する。

1980年代以降にラティーノ住民が増え、2000年の人口割合はラティーノが約61%、アフリカ系が約37%となった。人口構成は変わったものの、平均世帯収入は年間約250万円であり、ロサンゼルスの低所得地域であることには変わりはない。

タワーの周囲を歩いていると、タワーすぐ隣の質素な住宅からメキシコの伝統音楽ランチェロが流れてきた。その数軒隣の家からはヒップホップを詞を口ずさむ若者の歌声が聞こえてきた。

タワーは、ワッツ・タワー芸術センターが管理している。センターは、海外からの観光客の対応だけでなく、地域の小中学生のための芸術教育の拠点としても活動している。一人のイタリア人移民の情熱が今日、アフリカ系とラティーノが多く暮らす地域の誇りとなっている。


タワーを見学した後、せっかくだからアフリカ系のご飯を食べようと、ワッツ地区周辺で人気のソウルフード・レストラン「Carolyn's Kitchen」に向かった。ソウルフードとは、アメリカ南部の料理の影響を受けた料理で、アフリカ系アメリカ人の間で広く愛されている。

店に入ると、たくさんのアフリカ系の客が注文カウンターで列を作っていた。ソウルフードは一度ニューヨークで食べたことがあるけど詳しくはない。順番を待っている間に他の客の注文内容を注意深く観察した。いよいよ自分の番になったので「牛テールとチーズマカロニ、それとグリーンビーンズをください」と注文すると、後ろの若い男性客が「グレイトチョイスだね!」と声をかけてくれた。

ご飯が隠れるほどたっぷり牛テールを入れてくれる。

店員はプラスチックのランチプレートに、ご飯を入れてから、その上にグレービーソース(肉汁ソース)と一緒に煮込んだ牛テールを山盛り入れてくれた。グレービーはスパイスが効いていて食欲をそそる。牛テールも柔らかく、骨の周りのコラーゲンまでしっかりいただいた。市販の安物チーズマカロニはあまり美味しくないけど、ここのチーズマカロニはチーズの味がしっかりしていて美味しかった。値段は約20ドルとやや高めだけど、二人で食べて満腹になったので満足した。

これまでワッツ地区は貧困や犯罪など消極的なイメージが強かった。しかし、実際に足を運び、地域の人々が大切にしているワッツ・タワーを見学したり、愛してやまないソウルフードを食べたりすることで、一部であれ、この地域の魅力を理解することができたと思う。


・ワッツ・タワー見学ツアーなどについては、こちら

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