この日本人移民が1930年代前半に購入した日記帳(博文館)には「モダン用語」帳が付いている。200字以上の「モダン用語」が五十音順に並び、簡単な説明文が書き加えられている。
現在、我々が当たり前のように使っている言葉やちょっと古臭く感じる言葉が、1930年代は都会風で新鮮な言葉として使われていたことが分かる。また、当時の女性観/男性観や社会状況なども伝わってくる。以下にいくつか紹介したい。
アインシュタイン:この物理学者の相対性原理は難解なので、分からぬことを「どうもアインシュタインだ」という。
おぺちょこガール:軽薄なおっちょこちょいな近代娘。
彼氏:彼と同意だがなんとなくモダンな感がある。
サイレン・ラブ:正午のサイレンを合間に事務所を飛出して相会う種類の甘い恋愛。
サボル:Sabotageの略で怠業という意味の無産語だが今では一般に怠けることにも用いる。
左翼小児病:一つの原因に執着して戦術の融通性を忘れた拙劣な階級闘争を意味する社会運動語。
スピード時代:現代のように変転の激烈な時代をいう。
だんち:段違いの略語、また断然違うの略語。
とっちゃんボーイ:いい年をしたモボ(モダンボーイ)型の男
ぽしゃる:おじゃんになる、駄目になる等の意。
もち:勿論の略。
もちコース:勿論とof courseを半分宛つけた云い方。
マルクス・ボーイ:日本で作った英語で本当のマルクス学徒ではなくプロレタリア派のことを喋りながら実はプティ・ブル男のこと。こうして見ると「サボル」や「ぽしゃる」などは2016年も現役で、「どうもアインシュタインだ」や「おぺちょこガール」などはほとんど聞かない。「とっちゃんボーイ」や「もち」はやや古い感じがするけど、聞かなくもない。「だんち」は個人的には現役という印象だ。
ここでは「左翼小児病」、「サボル」、「マルクス・ボーイ」しか紹介していないけれど、階級闘争を背景したモダン用語も多かった。一部の左翼的な人々を蔑む言葉は、今日も異なる文脈で形を変えながら存在している。
それぞれの言葉の寿命はそれなりに歴史的な要因があるだろう。個人的には「スピード時代」という言葉が印象的だった。当時の人も今の人もそれぞれが生きる時代をある種の「スピード時代」と捉えている。もうちょっとスローダウンする時代があってもいいと思う。
1930年代と2010年代はどちらも大きな経済危機を経験した直後の時代だ。資源を急いで消費せず、無駄遣いせず、スローな分野に利潤と幸福感を見出すような新しい資本主義の形、そして価値観のイノベーションが必要なんじゃないだろうか。
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