費用合計 2万1657ドル(264万円)
とんでもない額にケタを数えて確認した。
その下に保険会社支払予定額として同じ金額が記載されていたから、自己負担予定額はゼロだった。今回の出産費用が保険でカバーされることは知っていたけれど、日本円で264万円もの費用が出産にかかること自体に改めて驚いた。
アメリカでは出産費用自体が驚くほど高い一方で、低所得者世帯の出産費用に対する公的な支援が整っており、これは多くの低所得者を含む移民の包摂に大きな役割を果てしている。
貧困レベルの所得の家庭は「Medicaid」という公的医療保険制度を利用すれば、自己負担なしで、連邦政府と州政府から出産費用を給付してもらえる。この制度は市民権運動を含むリベラルな社会運動が盛んであったリンドン・ジョンソン政権下で成立した。
連邦政府が定める貧困レベルの所得は、2人世帯では1万5930ドル(194万円)。カリフォルニア州の場合、この貧困レベル所得の約4割増し以下の所得の人は「Medicaid」を利用できる。つまり、夫婦二人の家庭であれば、世帯所得が2万1708ドル(265万円)以下であれば、まったく自己負担なく出産することができる。
この制度が使えれば、出産費用の心配なしに出産できるけれど、僕と妻の所得合計は年間265万円を超えている。貧困レベルではないものの、出産をカバーするような高額の民間保険には加入していないし、自費で200万円を超えるような出産費を払うこともなかなか厳しい。どうしようか。
そういう家庭に対して、カリフォルニア州では「Medi-Cal Access Program (MCAP)」という制度を設けている。制度名は2014年7月に旧「Access for Infants and Mothers Program(AIM)」から「MCAP」に変わった。
MCAPの規定では、これから生まれてくる子供を含めて3人世帯の世帯所得が月3567~5392ドルの場合、642~971ドルの制度利用費を一度支払えば、妊娠・出産費用を給付してもらえる。手続き上、指定された民間の保険会社に加入するけれど、保険会社に対しては何も支払わなくてもいい(ロサンゼルス郡の場合、保険会社は「Anthem Blue Cross」)。
我が家の場合、申請した月の僕のティーチングアシスタントとしての給料と妻のバイト料を足すと、3567ドルを少し超える程度になったので、この制度を利用することができた。というわけで、出産にかかった費用は、MCAPの制度利用費の約650ドルだけだった。
アメリカでは医療費と保険料がそもそも高すぎることが貧富の差の再生産につながっている。ただ、少なくとも出産に関しては低所得者に手厚い支援があることも実感できた。
MCAPのサイトから |
ちなみに、我が家の場合、MCAP申請(当時はAIM)から出産までは以下のような形で進んだ。
1.ネットで見つけた医療機関(Asian-Pacific Health Care Venture)で妊娠証明書を手に入れる。スタッフと一緒にAIMの申請書に記入する。
2.スタッフと一緒に準備したAIM申請書類、妊娠証明書、所得を証明する小切手のコピーをAIMに郵送する。
3.AIMから申請内容確認の電話を受ける。
4.AIMから申請受理の通知が郵送される。
5.指定された保険会社から、保険カードが郵送される。
6.保険会社が指定した医師から診察を受け、産婦人科医を紹介してもらう。
7.出産までの間、その産婦人科医から定期的に診察を受ける。
8.産婦人科医と提携している病院で出産する。
ところで、非合法移民がアメリカで出産する場合はどうだろうか。
彼らは一般的な「Medicaid」に加入できない。けれど、救急救命扱いで出産した場合、その費用は公費でカバーされ、実際に多くの非合法移民がこの方法で出産している。これについては、移民反対派は「出産目的の不法入国を助長する」と批判し、移民擁護派は「彼らの移民目的は労働であって出産ではない。出産前の診察などのケアを受けられないから不十分」と反論している。
非合法移民のほとんどはアメリカ経済を影で支える低賃金労働者だ。もはや彼らなしのアメリカ社会は考えられない。「低賃金で働いてほしいけれど、子どもは生んではいけない」という考え方は明らかに不平等であり、彼らの人権を侵害する。そういう意味では「救急外来」扱いの良し悪しは議論の余地が残るものの、彼らの出産費用が公費でカバーされることは重要なことだ。
アメリカには21世紀に入っても、移民が流入し続けている。アメリカで生まれた子どもは、アメリカ国籍を持つ。移民の流入とそれに伴う出産は、多様なアメリカ国民を生み出してきた。妻の出産を通して、アメリカ政府が外国人の出産をどのように支援しているのか具体的に知り、考えるきっかけになった。
◇
日本の場合、外国人でも国民健康保険か勤め先の健康保険に入っていれば出産育児一時金を給付され、出産費用として使うことができる。
多くの外国人が住む愛知県では、県内の医療機関、大学、自治体が共同で「あいち医療通訳システム」を運営。ホームページでは不法滞在者(非合法移民)に対する医療機関の対応についても詳しく説明している。
同システムによると、不法滞在者は国民健康保険には入れないが、勤め先の健康保険には入れる。ただ、無保険の不法滞在者の場合、自費診療となる。その際、医療者は「確実なコミュニケーション確保のために医療通訳者を入れること、治療費のおおよその総額を最初に伝えること、安価な方法でどこまで治療するかを患者とよく相談する」が必要があるとしている。不法滞在者への対応は「病気やけがに苦しむ一人の人間であるとすることから出発するとよいでしょう」としている。
日本では移民受け入れの議論が活発化しているけれど、外国人を労働力としてしか捉えていない議論も目立つ。また、移民が増えれば、様々な理由で滞在が超過する人も増えるけれど、不法滞在者に対する理解は乏しい。愛知県の同システムのように、合法であれ不法であれ、外国人を「一人の人間」として理解しようとする認識と仕組みが政府主導で全国的に広がること、そして、すでに国内に定住した移民とその子孫について歴史的な理解を深めることなしには、どんな移民政策も失敗するだろう。
・MCAPのサイトは、こちら。
・MCAP対象者の所得基準は、こちら。
・非合法移民の出産費用については、こちら。
・「あいち医療通訳システム」による不法滞在者への対応は、こちら。
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