舞台の幕が上がると、観客席をまっすぐ見つめて役者たちが歌いだした。
日系コミュニティとして発展したリトル・トーキョーで、今年開業110周年を迎えた和菓子店「風月堂」をモデルにした舞台を見に行った。お世話になっている日本人の先生が誘ってくれた。
風月堂は岐阜県出身の鬼頭精一が1903年に開業。現在は孫の鬼頭ブライアン氏が引き継いでいる。第二次世界大戦が起きた20世紀、ロサンゼルス社会も日系人社会も大きく変化した。風月堂は、そのような時代を生き抜き、今日まで営業している数少ない日系商店の一つだ。
舞台は日系劇団The Graceful Crane Ensembleによる「Nihonmachi: The Place To Be」。リトル・トーキョーをモデルにした日系コミュニティで、和菓子店を営業する日系三世の男性が、亡くなった祖父や父の霊に過去へ導かれて、世界恐慌や強制収容を耐え抜き、日系社会の絆をつなぎとめてきた店の歴史を知り、店を守り続けようと決心する物語だ。
舞台の様子(Japanese American Culture & Community Centerホームページより) |
100年前にアメリカに渡った日本人移民とその子孫の心のやりとりを、各時代に流行した日本語と英語の歌を織り交ぜながら表現している。
舞台では、祖父は祖母とは日本語で話し、孫には「カスタマー・ナンバー・ワンね」と日本語のアクセントの入った英語で話す。
祖父と父が、強制収容所から解放されて、日系コミュニティに戻る。
何もかも失い途方に暮れると、美空ひばりの「川の流れのように」が流れる。
役者たちが「知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道」と歌い始めると、会場からはすすり泣く声や一緒に歌う声が聞こえてくる。会場一階の約600席は、日系二世や三世と思われる人たちが大半だ。
日本語のセリフも多かったが、その意味が分かるかどうかよりも、日本語の響き自体が両親や祖父母のことを思い出させて、観客の記憶を刺激する。そして、それが涙になったり、笑いになったりして、会場を一つにしていく。
高齢の二世や、三世を中心とした観客がいるからこそ、こうした会場の雰囲気が味わえるとしたら、役者にとっても観客にとっても、今しか経験できない貴重な舞台といえるだろう。
劇団ホームページで、脚本担当のソージ・カシワギは「二世にとって、特に日本語の歌は一世の両親の記憶を呼び起こす。三世も祖父母や両親が歌う様子を見ながら育ってきたので、これらの歌は彼らの心に響く」と述べている。
戦後のシーンは、「Material Girl」などアメリカのポップミュージックが中心となる。孫の男性が自分の青春時代を思い出し、当時の音楽に合わせて踊っていると、祖父の霊が現れて一緒に踊る。
舞台は、日系アメリカ人が経験した世代間の葛藤は取り上げていない。しかし、日系人が過去を振り返ることで現代を前向きに生きていくというテーマは、三世代を音楽を通して交流させることでうまく表現していた。
最後は役者全員が舞台に集まり、「上を向いて歩こう」を合唱し、観客がスタンディング・オベーションで応えた。
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舞台が終わると、会場の外で風月堂の和菓子がふるまわれた。僕は豆大福にくわえ、アメリカ風にアレンジしたピーナッツバター大福を食べた。20世紀、大きく変容を遂げたロサンゼルスで、変わらず愛され続けてきた和菓子。味わい深い。
リトル・トーキョー付近は近年、再開発が進んでいる。風月堂は和菓子だけでなく、かつてのロサンゼルスの記憶を守る場所でもある。
舞台終了後、風月堂の和菓子が観客にふるまわれた。 |
色とりどりの大福 |